息切れしないために

 一生懸命、仕事をする。

 頑張る。

 嫌なことでも我慢する。

 私もそんな時期もありました。

 何のために?・・・生き延びるために。

 でも、そんな気持ちは続きません。

 息切れして、倒れてしまいます。

 心のどこかでは、そんなにしてまで生き延びたいの?と自問自答してしまいます。

 こうなると死にたい病が出てくるわけです。

 私の場合、一緒に暮している猫たちがいるので、

 彼らより先に死んではいけないと思うのですが。

 生き延びたいと必死にしがみつく心と、死んでしまいたいという心は、

 どこかでつながっている気がします。

 今の私は、こんな時イエス様の十字架を思い出します。

 イエス様が死んでくださったのは、私を救うためだったんだと。

 イエス様が死んだ=古い私も死んだんだと信じることだと。

 イエス様の十字架を思い出すことで、必死に生き延びたい古い私も死んだし、
 
 死にたいと思ってしまう私も、死んだ(なんか変な感じですけど)と信じるのです。

 だとしたら、今生きている私は、キリストによって生きているんですよね。

 なんか凄い

 これが福音の力なんだと思います。

 しかし私には、

 私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。

 この十字架によって、

 世界は私に対して十字架につけられ、

 私も世界に対して十字架につけられたのです。ガラテヤ人への手紙6章14節
  

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