ヨハネの手紙第一4章10節

 この頃、オカルト的な映像をよくテレビで目にします。

 CMなどでも、ゾンビたいな者とか・・・。

 ゲームのCMで街が悪い霊、魔に染まっていくみたいなCGで、

 思わずぎゃーと目をそむけました。

 あんまりこういったものに手を出すのは、たかがゲームで済まなくなるのではと

 私はゲームをしないので解りませんが、心配しています。

 霊的には、このごろ特に暗くなっていってる気がします。日本だけではないと思いますが。

 光であるイエス様に、しがみついていないといけないなと思います。

 私は、毎晩夢を見るのですが、ますます霊的な夢を見るようになって来ました。

 忘れることも多いのですが、イエス様の十字架の意味をもう一度、深く教えられたり、

 テレビなどで、恐ろしい犯罪のニュースや、オカルト的な映像を見ると、それがすぐ夢に反映されて、

 恐ろしい夢をみたり・・・こういうときは本当に疲れます。

 イエス様の十字架について、私は(なんでこんな冷たく残酷な人間のために、イエス様は死んでくださったのだろう、私は自分自身を省みても、そんな価値もない人間だと思う)と不思議に思っていました。

 イエス様を神の子だと信じてからも、そんなにイエス様に愛されてると実感できなかったのです。

 だんだんと愛を感じるようになってきましたが。今でもやっぱり不思議です。

 最近見た夢で、たくさんの亀が海に出ようとしていました。

 馬、この馬はとても賢く、優しいお馬さんです。

 この馬が、亀を導いて泳いでいました。

 もう少しで海に出るところで、なぜか白い猫が亀たちにまぎれていました。

 この白い猫は、陸に戻りたいのに戻れなくなっていたのです。

 白い猫が、この流れから出るには、別の亀が死ぬか、お馬さんが死ぬか、とにかく犠牲が必要でした。

 私はどうしよう、どうしようと思っていると、この賢く、優しいお馬さんが水の中に沈んで死んでいくのが見えました。

 亀は皆、海に出ることができ、猫も無事に陸に戻れました。

 そしてお馬さんは死んだのですけど、水に沈んで死んでいくときに、私を見つめたのです。

 こんなに優しく、愛情深い目を私は初めて見ました。

 イエス様の十字架を思うと、どうしても悲しい、申し訳ない気持ちになりますが、

 それだけではないのですね。私はこの夢で体験することができました。

 私たちが神を愛したのではなく、

 神が私たちを愛し、私たちの罪のために、

 なだめの供え物としての御子を遣わされました。

 ここに愛があるのです。ヨハネの手紙第一 4章10節
 

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