イゼベル

 イゼベル・・・預言者エリヤを殺そうとした、イスラエル王の后。ヨハネの黙示録にも書かれていますね。黙示録2章20節「しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている。・・・」

 私は夢の中で、彼女を見たことがあります。

 私は夢を毎日見るのですが、たいていは日常の内容の夢です。ニュースで話題になっていることとか、仕事のこと、予知夢もありますが、個人的な他愛もない予知夢が多いです。

 ただ時々、霊的な夢も見ます。何年経っても忘れないことが特徴です。(イエス様が出てこられた夢とかね)神様は夢によって、教えてくださっているんだと思います。

 夢の中で私は、とてつもなく大きな光に近づいていくのを感じています。太陽よりもっと大きな強烈な光・・・私は本能で「このまま近づいて、直接この光を見てしまったら、私は死んでしまう」と思っています。その後すぐに私は「そうだ私にはイエス様の十字架とイエス様の血潮があるから大丈夫」と思います。すると近づいていた大きな光と私の間に扉が現れて、私は光を感じながらも、死なずに安全であることがわかりました。するとそこに、一人の女性が現れました。中肉中背の、美人でも不美人でもない女性。日本人のような外国人(ヨーロッパ系ではない)のような不思議な感じの・・・彼女は私を見ると、はっきりと断定的に言いました。「イエス・キリストって昔、生きていた人よね」彼女は(イエス様は今は死んでる)と嫌味たっぷりに私に言ったのです。そのときイゼベルの名前がはっきり夢の中に表れて、私はものすごく不快な気分で目が覚めたのでした。

 偶像礼拝(バアル信仰)を持ち込んだのがイゼベルです。偶像礼拝とは死んでいるものを神様として拝むことです。
 もし、イエス様が単に、昔 生きていた方で、今は死んでいると思いながら、イエス様を拝んでしまったら、それはキリスト信仰ではなく、偶像礼拝と同じです。(考えるだけで、気持ちが悪くなってきますが)

 イエス様は生きておられます。だから私は安心して暮らしていけるんだと思います。そして神様は生きている者の神様です。

 私は昔、販売の仕事をしていたとき、日曜は休みでなく、礼拝を守れたこともありませんでした。そのときに慰めとなったみことばは、ルカ6章 安息日に穂を摘む です。「あなたがたは、ダビデが連れの者といっしょにいて、ひもじかったときにしたことを読まなかったのですか。ダビデは神の家に入って、祭司以外の者はだれも食べてはならない供えのパンを取って、自分も食べたし、供の者にも与えたではありませんか。」そして、彼らに言われた。「人の子は、安息日の主です。」

 私がどんな環境にいても、どんな状態のときでも、今も生きておられるイエス様は、私に必要な糧を与えてくださる神様です

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