黙想してます

 私は普段けっこう忙しい毎日を送っています。仕事でもばたばたしているし、家に帰ってきてからも、家事をして少しテレビを見て、あっという間に寝る時間がきてしまいます。まあ睡眠時間が7時間くらいないと、すぐに体調が悪くなるからですが・・・。規則正しい生活を送ってはいると思うのですが、何かこう心が乾いてくるのです。寂しいとかではないですよ。固まってしまう感じかなぁ、すぐに他の人や、よく理解していない物事を批判的な目で見始めてしまう(もちろん言ったりはしませんが)

 こういうときは聖書を読むに限る!と読んだり、ディボーションなどもしているのですが、さらっと表面的に流して読んでしまったりして、もう少しじっくり味わいたいなどうしようかな?と思っていたところ、キリスト教の書店で参考になる本に出会いました。

 「修道院へようこそ」 心の安らぎを手にするための11章 ペーター・ゼーヴァルト=編 ジモーネ・コーゾック=著 創元社 
 
 著者がドイツの修道院に滞在して経験したこと、感じたこと、修道院の生活などについて書いてあります。また日常に役立つポイントも章のまとめとして書いてあります。私は修道院には興味が無かったけれど、こんなふうなんだと楽しく読めました。著者はカトリック教会には通っていたようですが、クリスチャンではないように思いました。(そのあたりは、それほど詳しく書いてない)
 
 楽しく読み終わったのですが、私が気になったのは、黙想についてという章でした。黙想ということばはいろんな本で接していたけど、自分でしっかりやってみたことなかったな・・・と思い、始めてみることにしました。
 
 時間は何時がいいか・・・朝はこれ以上早く起きる自信がないのでパス。昼は仕事しているので無理ね。帰ってからの何時がいいかな・・・私は帰ってくると、まず猫たちに猫缶をあげます。(そうしないと、まとわりついてきて家事ができない)その後、猫トイレのそうじ(彼らは猫缶を食べたあとトイレするので、きれいにしておかなくてはいけない)そのあとコーヒーを飲んで、少しだけテレビをぼーっと見ます。それから食事の用意、洗濯などの家事をして・・・と決まったとおりに流れていきます。(やっぱりコーヒー飲んだ後、テレビを見ずに黙想しよう)と思いました。

 ますば「主の祈り」その後詩篇23篇など、暗記している詩篇を心の中で黙想して・・・うーんそれからどうしよう。あっ嫌なこと思い出した。明日は会社に着いたら、まずあれをやらなくては・・・
 
 全然黙想になってません。やっぱりイエス様に、どうしたらいいか聞いてみようとその日は気にせず終わり、眠りにつきました。すると夢の中で声だけ聞こえたのですが、「あなたの良いところも手放しなさい。空っぽのままいなさい」といわれました。

 違うときに(もっと十字架を飾ったり、雰囲気をつくったほうがいいかなぁ)と考えていたとき、イエス様は「私がいなくては何もなりませんね」と優しく声を掛けてくださいました。

 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。ヨハネ15.5 

 そうだ私は、まことのぶどうの木につながる枝なんだ。と思い出しました。私は空っぽの枝でイエス様が樹液を与えてくださるんだ。と黙想できるようになりました。

 できるようになった・・・といっても、私の中では(ああゆったりできた。だいぶ長く、少なくとも30分くらい黙想できただろう)と思って、時計を見ると10分、15分くらいしか経っていません。1時間くらい神様だけを思ってすごしてみたいと思ってはいるのですが。

 しかしこの15分はとても貴重な時間です。ただ忙しかったと一日を終わることがなくなりましたから。何ともいえない豊かな気持ちになります。興味のある方はおすすめですよ。

 

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